ギター初心者ギタリスト紹介カルロスサンタナ ライブ編
こんにちは、hisaです。
ボクは、小学6年生の頃から ロック ギタリストのプレイを耳にするようになりました。体験順にその出会いやエピソード、ギタリストへの思いを綴っていきたいと思います。
もちろん、ギターテクニック、ギター アンプ、ギター エフェクター などのギター 機材 やおススメ アルバムや小ネタなど、好きなように書いていきます。
おつきあい願えれば嬉しいです◎。
「ライブ体験編」では、ギタリストとの出会いやライブ体験のエピソードを中心に、「ギター・機材編」では、ギタリストのプレイや機材等を中心に、映像なども絡めて書き進めます。
ぜひご覧になって下さいね!!記念すべき第1回目は、「カルロス サンタナ」。
ボクのギター史の中で絶対に外すことの出来ないギタープレイヤーです。
カルロスやバンド「サンタナ」との関わり、ギタリスト「カルロス サンタナ」をボク目線でひも解いていきたいと思います。
さて、時は1975年、昭和50年です。
この年は、広島カープの初優勝!そしてボクの弟が生まれた年。
カープの初優勝は,実はとても重要なのです。
カープのテーマソング「それゆけカープ」を聴くために、ウチのオヤジが「ステレオ」を買ってきました。
この「ステレオ」こそがボクのロック魂に火をつけた張本人なのです。
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目次
カルロス サンタナ Carlos Santana の経歴
Carlos Santana 基本情報 出生名 Carlos Augusto Santana Alves 生誕 1947年7月20日(72歳) 出身地 メキシコ ハリスコ州 アウトラン・デ・ナヴァロ ジャンル ブルース・ロック
チカーノ・ロック
ラテン・ロック
インストメンタル・ロック
ジャズ・フュージョン
ハード・ロック
ガレージ・ロック職業 ソングライター ギタリスト 担当楽器 ギター 活動期間 1966 – レーベル アリスタ
ポリドール
コロムビア
CBS共同作業者 サンタナ
チャド・クルーガー
ロブ・トーマス
ミシェル・ブランチ公式サイト http://www.santana.com 著名使用楽器 PRS Santana II(シグネイチャー)
ギブソン・SG
ヤマハ・SG(ブッダモデル)
出典:wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/カルロスサンタナ)
ギタリスト カルロス サンタナ との出会い Carlos Santana
レコード会社のテレビの5分間スポット番組というのがあって、洋楽中心に曲が流れていました。
当時、よくオンエアされていた曲が「サンタナ」の「哀愁のヨーロッパ」でした。
小6のボクでも自然に覚えてしまうくらい何回も流れていて耳に馴染んでいました。
EUROPE / Santana
我が家のステレオの横のレコードホルダーには、「それゆけカープ」と「赤ヘル数え歌」に加えて、なぜか何枚かのLPが置いてありました。
そのうちの1枚が上の写真の「サンタナ ライブ イン ジャパン」だったのです。
小学6年生のボクは、「それゆけカープ」とともに、ワケも分からず「ブラック マジック ウーマン」とか聴いていたんです。
Bメロの「Don’t turn your back on me, baby.」という歌詞が、まだ英語などまったく習っていない小6のボクには「料亭のバカのベイビー」に聴こえていました。
今聴くとそういう風には聴こえないんだけど、小学生のボクにはそう聴こえたんでしょうねえ。
中学生になると,ビートルズやクイーンなどに興味が移ってしまって、サンタナは聴かなくなってしまいました。
BLACK MOGIC WOMAN GYPSY QUEEN / Santana
カルロス サンタナ Carlos Santana 衝撃のライブ体験 in 1979年
高校生になってからでしょうか、Santanaは、アメリカンロック指向になり、ギターがもう一人増えました。
「Hold On」がスマッシュヒットして、テレビやラジオで耳にするようになりました。
1979年のある日、ボクのおじさんがとんでもない話を持ってきたのです。
「サンタナのチケット取れるんじゃけど,見に連れてっちゃろうか。」
「ええええええええ〜っ!!!!!」
そんなとんでもない話、行かない訳がありません。
1979年10月18日の木曜日、広島郵便貯金会館。
ボクは生まれて初めて「コンサート」というものに行ったのです。
でも初めて見たプロのミュージシャンの演奏が「Santana」!ではないんですね。
実はエディーマネーという方とのジョイントコンサートで、エディーマネーの方が順番が先だったので、初めて見たプロのミュージシャンは,エディーマネーというのが正解です。
感想は、「ふうん、こんなもんなんかな?」という感じでした。
そのあと、サンタナの演奏が始まりました。一発めの音がなった瞬間、ビックリしました。
「さっきのエディマネーとは,全然違うじゃないか!!!!!!」
「なんじゃ、このど迫力は!!!」
その瞬間、隣にいたおじさんと目が合いました。
おじさんが、「これがロックよ!」と一言。
この言葉は、未だに耳について離れません。
それくらい衝撃だったのです。まさに「リズムの壁」。
これがサンタナのサウンドでした。↓これがその時のパンフレットです。
いまでもちゃんと持っていますよ。
カルロス サンタナ Carlos Santana 母とライブへ in 2000年
そして時は経ち、おじさんが、高校生のボクに声をかけてくれたように、ボクから母に、「サンタナの大阪のチケット取ろうと思うんだけど、一緒に行く?」と声をかけてみました。
母は、「じゃあ、友達と大阪見物がてら、一緒に行こうかね。」と快諾してくれました。
母と一緒にコンサートに行くなんて初めてのことです。
2000年4月27日(木)大阪フェスティバルホール。
母は,友達とホール近くのホテルに宿泊していて、そのホテルのロビーで待ち合わせしました。
席は2階席の割と後ろの方だったんだけど、結構良く見えました。
フェスティバルホールは、ボクが行ったことのあるホールの中で一番音の良いホールです。
下記がこの日のセットリストです。